| 将棋の反則といえば二歩が圧倒的に多いが、今回はちょっと変わったのを三題。 |
| まずは昭和50年10月25−26日に行われた第1回アマ王座戦の全国大会から。 |
| ▲鈴木和好四段(埼玉) △西治一・五段(奈良) 対局場:港区芝高輪「浄土宗・正覚寺」 |
| 第1図は▲3四桂と歩を払って跳ねたところ。 |
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| ご覧のようにここでは先手勝勢で、△3四同金なら▲同角△同玉▲6七角で寄りそうだ。 |
| 粘りも利かない格好で、後手は指し手に窮している。 |
| 【第1図以下の指し手】 △3四同玉(第2図) |
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| 角の利きをうっかりしたのか、あるいは自らの拙戦に腹を立てたのか、その真相はわから |
| ないが、とにかく後手は玉で取ってしまった。 |
| 当時の観戦記を見てみよう。 |
| 『ここで敵味方はもちろんのこと、観戦者一同あっと驚くようなハプニングが突発した。先手▲ |
| 3四桂はねに後手が△同玉と取ったのがそれ。わざわざ角のきき筋に王様が取られにのこ |
| のこ出かけていったのである。すかさず記録係から反則負けが宣せられた。(中略) |
| しかし王手をきづかずほかの手を指したというのならまだしも、王様もこんな形で反則負けと |
| いうのは、縁台将棋ならいざ知らず、観戦子の知るかぎりではおそらく空前の珍事ではなか |
| ろうか。』 |
| なお、この大会では関東ブロック代表の大神島吉さん(所沢)が準優勝している。 |
| 次は昭和57年11月21日に行われた第5期五段位争奪戦の決勝から。 |
| ▲柴紀曙五段(大宮) △加村栄彦四段(大井) 対局場:浦和コミュニティセンター |
| 私が生涯で最も驚いたのがこれ。 |
| 浅子さんに頼まれて記録係をしていたが、あまりの出来事に唖然としたのを覚えている。 |
| 第3図で△1九角成と香車を取れば、大きな駒得で後手優勢は疑いないところ。 |
| 加村さんも当然そう指すつもりが・・・ |
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| 【第3図以下の指し手】 △1九飛成(第4図) |
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| 何と飛車で取ってしまった。 |
| 角のそばにあった大駒を、よく確認せずつかんだように見えた。 |
| いやー、たまげましたね。 |
| こういうとき記録係はポーカーフェースを貫かなくてはならないが、辛いもんですな。 |
| 「このまま指し続けたらどうしよう」とか考えるともうドキドキである。 |
| 次のリアクションを待つ時間がやけに長く感じられた。 |
| やがて柴さんが「あれー」と言い出す。 |
| 加村さんも既に気付いていたようで、すぐに「あっ、負けました」。 |
| 浅子さんが来たので事情を説明すると、「ああ、反則ね」とあっさりしたもの。 |
| 柴さんこれで2連覇達成である。 |
| 最後は平成元年3月26日に行われた、関東アマ名人戦の代表決定戦。 |
| ▲田中昭利五段(富士見) △野田裕之四段(所沢) 対局場:浦和コミュニティセンター |
| 第5図は▲4六金の王手に△4四玉と引いたところ。 |
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| ここで▲4五歩と打てればいいが、残念ながら打ち歩詰め。 |
| ところが・・・ |
| 【第5図以下の指し手】 ▲4五歩(第6図) |
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| 本当に打ってしまった。 |
| 何かの勘違いとしか思えない。 |
| 終局はどんな感じだったのだろう。 |
| さらにオチがあって、実は第5図の後手玉は詰んでいた。 |
| 最近の将棋ソフトはすぐに正解を教えてくれる。 |
| 第5図以下▲3五金△同歩▲5六銀△4七歩▲4五歩△3四玉▲1二馬△4三玉▲4四歩 |
| △同銀▲2一馬△3四玉▲3二飛成△3三金▲1二馬(変化図)まで。 |
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| 途中の▲4四歩に△同玉や△5四玉も助からない。 |
| まさに「歩詰めに詰みあり」である。 |
| ただ、秒読みの中で▲3五金−▲5六銀を発見するのは難しそうだ。 |