| 今回はドラマチックなトン死特集。 |
| まずは昭和48年8月12日に行われた県名人戦準決勝から。 |
| ▲北川 昂(新座) △海老原辰夫(熊谷) 対局場 : 浦和市民会館 |
| 北川さんは昭和46年の県名人、海老原さんも昭和42年に優勝していて、お2人とも当時の県棋界を |
| 代表するビッグネームだった。 |
| 今は北川さんが県連の相談役、海老原さんが副会長を務めている。 |
| この将棋は期待に違わぬ大熱戦になった。 |
| 第1図は先手が▲4七金とと金を払ったところ。 |
| ここで△5五飛なら後手有望だったが・・・ |
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| 【第1図以下の指し手】 △3九香成▲2六桂(第2図)まで北川さんの勝ち |
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| △3九香成は喉から手が出るほどオイシイ手。しかしこれが毒饅頭だった。 |
| ▲2六桂でトン死である。以下は△2六玉▲3七桂まで俗に言う「吊るし桂」の詰み。 |
| 第三者の私が見ても気の毒になるような幕切れで、海老原さんの心中は察するに余りある。 |
| 当時の観戦記にはこう記されている。 |
| 『めったなことでは泣き言をもらさぬ海老原四段も、さすがにこのときばかりは”絶対必勝と思っていた |
| のに”と、たった一言』 |
| 大きな勝ちを拾った北川さんは、続く決勝で岸本茂さん(大宮)を下して2度目の県名人に就いている。 |
| それから4年、昭和52年8月14日に行われた県名人戦の準決勝でも、海老原さんは痛い逆転負け |
| を喫している。 |
| ▲海老原辰夫(熊谷) △羽賀田明(所沢) 対局場 : 熊谷「エンゼル」 |
| 第3図は後手が△3六金と打ったところ。 |
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| 観戦記には『ここで先手は当然▲5四歩と突き出す一手と見た。(衆目の一致するところ)』とある。 |
| 確かにそう指せば捕まることはなかったろうが・・・ |
| 【第3図以下の指し手】 ▲8三桂△同銀▲7一馬△4六金▲6六玉△7五金▲同玉△7四銀 |
| ▲同玉△6五馬(第4図)まで羽賀田さんの勝ち |
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| 結果的には▲8三桂が敗着になった。 |
| 観戦子はこの手を『勘違い』とか『一瞬の精神的真空状態』などと評しているが、私はこの局面を何度 |
| か見ているうちに、仕方がないようにも思えてきた。 |
| というのも第3図の先手玉は詰めろになっておらず、詰め将棋作家で寄せに定評のある海老原さんが |
| ▲8三桂から決めにいった気持ちもよくわかる。 |
| 不運だったのは△8三同銀が「こっそり詰めろ」になってしまったこと。 |
| あるいはこれをうっかりされたのかもしれない。 |
| ▲7一馬で必至を掛けた瞬間、自玉が詰んでいることに気付き愕然としたのではなかろうか。 |
| まあこの将棋は途中まで後手がかなり優勢だっただけに、羽賀田さんも勝ってほっとしたことだろう。 |
| 続く決勝では鈴木和好さん(大宮)の中飛車に対し、左美濃から猛攻を掛け92手で快勝している。 |
| 若干22歳での優勝は当時の最年少記録だったと思うが、翌年13歳の塚田泰明少年(現九段)が |
| あっさり更新してしまった。 |